ふんどし屋kinchan誕生まで

実は僕、三十半ばを迎えるまでふんどしというものに触れたことがありませんでした。
ところが昨年、ネットを通じて、
パンソリ浪曲師の目白バタイユさんや、
開運マルチタレントの黄金咲ちひろさんとの出逢ったことにより、どっぷりふんどしにはまってしまいました。
と言うのもこの方たち、全日本ふんどし協議会なる組織を作っておりまして、
常にふんどしをはく常ふんの啓蒙活動をしておりました。


いやね、最初は単なるスケベ心だけだったんですよ。
「女性のふんどし姿ってイイな〜」程度の軽いもの。
そんな不順な動機で面白半分その活動に乗っかり、賑やかしていました。


ところが、全ふん協幹部の皆さんとの交流が深まるにつれ、マインドコントロールのようにふんどしの長所を刷り込まれ、
気付いてみれば全ふん協賛助会リーダーというありがた〜い?
ポストも頂戴し、とうとう抜け出せなくなってしまったのです。
とは言え、そこはフェチで知られる芸人さん達です。
堅苦しいことよりも、自分達も楽しく、また世間をあっと言わせたかったのでしょう。
いつしか『Modeふんどし』なる発想が生まれ、
いかにふんどしの良さを残しつつ、現代の洋装にマッチさせるかと言う空想遊びが熱を帯び、
『ふんどしファッションショー』
をやりたいとなどと馬鹿げたことを言い出しました。


ここで話が終わるのが普通なのでしょうが、どうやら僕はふんどし屋になる運命だったのでしょう。


丁度時を同じくして、このブログに相互リンクもして下さっている、愛染セリカさんが、ドイツに旅立たれると言うことで、
何か盛大な送別会をやろうとの話が持ち上がりました。
そこで余興としてふんどしダンサーズを結成することとなり、その衣装として、僕のふんどし製作が始まり始まりました。

初めは裁縫の仕方も判らず、アイロン、接着テープとの格闘から始まりました。
しかし、運命のふんどしに導かれる様に、お針子さんやモデルを買って出てくれる協力者が次々に現れました。
そしてとうとう、資本を投入し、受け皿として自らの会社に事業部まで設立してくれる協力者まで現れてしまいました。


そんなこんなでこの春からは、全く僕の意に反して?
今までの仕事も辞め、本気でふんどしの製造販売を始めることになりました。

まだまだ始めたばかりで試行錯誤の連続ですが、
より良い商品作りを目指して頑張って行きます。

僕がとりつかれたふんどしの魅力、素晴らしい機能性などのお話は、
またの機会に…